2011年11月06日

足利館林。

この前の休み、朝5時半起きで、栃木の足利、
群馬の館林に、行ってきました。

歴史好きな自分でも、かなり地味な印象…。(^_^;)

足利尊氏像。
足利ってくらいだから、室町幕府を作った足利氏、
発祥の地です。

鎌倉幕府将軍・源頼朝の血筋が三代で途切れてから、
源氏の嫡流として名声が高かった家柄。

一番有名な足利尊氏の像を作ったのは分かるけど、
ほとんど鎌倉か京都にいた人のような気がします。(^_^;)

足利氏宅跡(鑁阿寺)
足利氏宅跡の敷地が鑁阿寺として残ってます。
日本100名城に数えられているそうですが、
ちょっと大きな武家屋敷だったんでしょう。
近くに足利城もあるし。

徳川家の庇護もあったらしく、
けっこう、いい感じの建物が残ってました。

足利学校。
すぐ近くに足利学校があります。

時代は、はっきりしないものの、日本最古の学校として、
戦国時代には、坂東の大学として、ザビエルによって、
世界に紹介されてところです。

世界遺産を目指しているようで、かなり奇麗に
整備されています。

足利学校庭園。
日本庭園もあります。
なかなかなんですが、借景がルートインの
ビジネスホテルっていう。
ルートイン的には、いいCMにはなってると思いますが。(^_^;)

大河ドラマ「太平記」で使用された尊氏鎧。
駐車場にある売店に、NHK大河ドラマ「太平記」で、
足利尊氏役の真田広之が着てた鎧がありました。
この日、一番テンションが上がった瞬間でした。(^_^;)

でも、足利尊氏って、大河では、かなり優柔不断で、
太平どころか、大乱を起こしている張本人で。(笑)

鎌倉幕府を討幕するまでは、よかったのですが、
朝廷を南北朝に割ってしまい、そのうち、
自分の側近と実弟が争いを起こし、
最後には実弟と兄弟喧嘩が始まり、
実弟には、尊氏が、都の踊り子(宮沢りえ)に
産ませた子供(筒井道隆)が加わり大乱戦!

最後は、実弟を毒殺して一件落着したという…。
あれほど、主人公が偉いと思えない大河もないですが、
そこが面白かった。(^_^;)

樺崎八幡宮。
樺崎八幡宮ですが、今はひっそりと寂しげなところです。
足利氏が栄えていたころは、それなりの寺院だった
ようですが…。

世界遺産登録に向けて、今、復興しているようですが、
奈良とか、他の世界遺産と比べると、規模も歴史も、
かなり寂しいのも確か。

足利学校の職員の方とか、一生懸命だったけど…。(^_^;)

館林城。
帰りに館林城跡にも寄りました。
四代将軍、徳川綱吉が藩主をしていたところです。
フジテレビの「大奥」で、谷原章介が演じてた!

昔は、忍城と同じく沼に囲まれて攻めにくい
城だったようですが、かなり埋立られたらしく、
今は役所が立ち並び、広大な野原があるだけ…。

門とか、いくつか復興されてます。
徳川四天王の榊原康政の墓とかもあるらしいですが。

館林城門図。
門の跡に石碑があり、当時の門の絵の石彫りがありました。
ふむふむ…。


この辺りなら、前に行った太田の金山城が、
見どころが多く、オススメですね。

そんな、渋めの旅でしたが、教養が深まる一日でした。(^_^;)


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2011年10月04日

鉢形城・長瀞を行く。

鉢形城をご存じの方は、地元の人か、
「信長の野望」ファンくらいでは?
武蔵の国の城が鉢形城になってることがあります。(^_^;)

実は、関東でも屈指の名城なのです!

豊臣秀吉の小田原攻めのとき、北条氏邦(氏康の三男)が
3500の兵で立て籠もり、前田利家・上杉景勝・真田昌幸・
本多忠勝という、当時のスーパースター北国勢5万の攻撃を
約1か月に渡り耐え続けたという堅城です。(^_^;)

鉢形城・四脚門。
関西と違って、関東の城の多くは、石垣がほとんど、
ありません…。

鉢形城も、石積みなんですよね。
当然、天守閣もなく、館があった程度だったようです。

四脚門とともに、石積みも再現されてましたが、
関西の城と違って、渋いですなぁ…。(^_^;)

鉢形城・三の曲輪。
三の曲輪の辺りに、「北條まつり」の旗指物が、
たくさん立っていました。
10月の中旬ごろに、大々的にお祭りがあるそうです。

これほど、北条家が前面に立ってる城は、
小田原城のほか、ここくらいでは?(^_^;)

鉢形城地図。
鉢形城は、後ろに荒川の絶壁、前面に深沢川の渓谷と、
天然の要害ですね。

それよりも、規模が大きくてビックリしました。
こんなに大きい城を3500の兵で守るのは、
けっこう大変だったのでは?

城主の北条氏邦は、上野方面の司令官で、
小田原攻めのキッカケになった真田攻めを行った
人物と言われているけど、武田信玄追撃戦や、
本能寺の変後の織田の関東方面司令官の滝川一益を
撃退させるなど、けっこうな名将。

城の前の売店には、「氏邦」というお酒も売ってたほど、
地元のひとにも愛されてる武将のようです。

鉢形城の裏の荒川。
城の裏手の荒川です。
無茶苦茶、清流だぁ…。
周りは何もないかと思いきや、川の向こうは、
住宅街になっています。

鉢形城・玉淀より。
城の向こう岸は、玉淀と言われる名勝に指定されてます。
ちょうど、崖の上が鉢形城。
こりゃ、攻めづらいわ…。(^_^;)

鉢形城・深沢川側。
城のもう一方は、深沢川が流れていて崖になってますが、
こちらも、四十八釜という名勝に指定されています。
こりゃ、要害だ!

鉢形城歴史館という立派な施設もあり、
北条氏の説明とかしていて分かりやすかった。

長瀞のそば。
お昼は、荒川をさかのぼり、長瀞へ。
お蕎麦屋さんが立ち並んでいたので、
一番、素朴そうな地味なお店へ。

そばのメニューは、ざるそばのみ。
うまかった!

天然記念物・長瀞。
駅の裏手を数分歩くと、荒川があり、
天然記念物、長瀞の岩畳!

金八先生が歩いてた、東京の荒川からは、
想像もつかないエメラルドグリーンな川…。
心が洗われますなぁ…。(^_^;)

ライン下りや、カヌーをしてる人たちが、
たくさんいました。

珍しい岩や崖もゴロゴロしてて、
川沿いを歩いてるだけで面白かった♪

長瀞駅でSLの汽車。
長瀞駅に戻ってくると、人だかりが…。
何かと思ったら、SLの汽車がホームに止まってた!
昔、九州旅行に行ったとき、阿蘇のSLに乗ったけど、
それ以来だったので、ちょっと興奮してしまった。(^_^;)

アユの塩焼き。
そして、駅前の商店街で漬物買ったりしてましたが、
鮎の塩焼きが、無茶、うまかった〜!!
思い出したら、また、よだれが…。(^_^;)

このあと、秩父温泉・満願の湯で、ひとっ風呂浴びて、
帰ってきました。

いい湯だった!

そんなわけで、ちょっと、北条氏を見直した
一日でした。
今度、信長の野望、北条氏でやってみよう!
そういえば、地元なのに、北条氏を使ったことなかった。(^_^;)


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2011年01月05日

試験に出ない日本史〜久能山東照宮。

問.徳川家康が最初に埋葬されたのは、次のうちのどれか。


1.日光東照宮

2.久能山東照宮

3.上野東照宮

4.仙波東照宮



東照宮と言ったら、日光でしょ!と思う人も多いかと思います。
特に、自分の地元の横浜市では、小学校の修学旅行で
日光東照宮に連行されてたから。(^_^;)

今もかな???

「東照宮」とは、徳川家康が、死後、東照大権現と神格化(?)され、
それを祀った神社のことです。

なので、家康の家臣や、大名たちが、幕府に忠誠を誓うため、
こぞって、「東照宮」を建てたとかで、全国に500社以上あるとか。


で、この問題のミソは、最初に埋葬されたところということで、
答えは…

> 2.久能山東照宮

となります。

ま、こんな問題、試験には出ないだろうけどね。(^_^;)

ちなみに、4択の選択肢は、自分が行ったことがある東照宮で、
上野東照宮は、東京の上野公園内に、仙波東照宮は
喜多院(川越大師)にあります。


徳川家康は、隠居してた駿府城(静岡駅の近く)で亡くなり、
遺言により、駿府の東にある久能山に葬られました。

その翌年に日光東照宮に改葬されてます。

久能山。
久能山は、元々、寺があったそうですが、武田信玄が駿府に
侵攻してきたとき、寺を他に移して、久能城としたそうです。
日本平から、ロープウェイで5分なんですが、
写真のような山の上にあり、天空の城という感じだったんでしょうね。

久能山東照宮楼門。
久能山東照宮は、50年に一度の漆塗り替えが終わったばかりで、
色鮮やかで、きれいでした!
写真は、楼門です。

久能山東照宮楼門(ズーム)。
楼門のアップ。
赤が目に映えます。

久能山東照宮御社殿。
たまたま、ビジネスホテルでテレビを見ていたら、
修復作業を特集した番組が放送してて、去年の12月に、
「本殿、石の間、拝殿」が国宝に指定されたばかりって、
知りました!

タイムリーなだけに、試験に出ちゃうかも?(^_^;)

久能山東照宮御社殿(右)。
御社殿の黒と金色が、荘厳な感じがします。
さすが、東照大権現さま…。
さらに裏手に、家康の墓所があります。

ま、ほとんどの人が、墓所より「金の成る木」の方に夢中でしたが…。(^_^;)

駿河湾。
日本平といえば、富士山や三保の松原が見渡せていい眺めですが、
久能山からも、駿河湾が一望できていい眺め。
海岸沿いには、イチゴ園もたくさんあって、GWくらいまで、
イチゴ狩りも楽しめるとか。

デートコースにも最高です?(^_^;)

久能山東照宮より、日本平の方が観光地としては、有名かな?
自分も前に、日本平に来て、初めて東照宮があるって知りました。
その時は、東照宮には行かず、三保の松原に行きました。

清水も近くて、ドライブや観光に行くのには、ちょうどいいところです。

試験には、たぶん出ないけどね!
また、いいネタが入ったら、試験に出ない日本史を
ご紹介します!


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2011年01月04日

試験に出ない日本史〜鳥居強右衛門。

鳥居強右衛門。

問.図の磔にされている武士は鳥居強右衛門
  (とりいすねえもん)ですが、この武士が
  磔にされたときに起こった戦いはどれか?


1.長篠の戦い

2.桶狭間の戦い

3.関ヶ原の戦い

4.姉川の戦い



こんな問題は、試験にでません!(たぶん)

昔は、分からない時の4択は、3か4の可能性が高いというのを、
予備校の講師から聞いたけど…。

今も?(^_^;)



答えは…




「1.長篠の戦い」 でした!

四択で分からない時に、「1」を選ぶのって、けっこう、
勇気いりますよね。(^_^;)

ま、徳川家康か武田勝頼が出てくる歴史小説では、
よく出てくるストーリーなので、ご存知の方も
いるとは思いますが。


長篠の戦いは、織田・徳川連合軍が、武田信玄亡き後の
武田家(武田勝頼)を完膚なきまでに3000丁の鉄砲で叩きのめし、
織田信長は天下人として台頭し、武田家は滅亡への道を突き進む…
という教科書にも太字で出てくる(?)戦いでした。


その戦いの発端となったのが、長篠城攻防戦でした!


長篠城、対岸より。
写真のように、2つの川の断崖を背にした天然の要害の長篠城が、
武田軍1万5000に攻められ、落城寸前…。

そこで、城内から、鳥居強右衛門が選ばれ、武田の包囲網を突破して、
50kmほど離れた岡崎城の徳川家康に援軍を要請。

ちょうど、織田信長も岡崎に到着したところだったので、
長篠に援軍が来ると知らせるために、長篠城にとんぼ返り。
しかし、武田軍に捕らえられてしまう。

城兵に向かって徳川からの援軍は来ないと叫べば、
厚遇すると言われた鳥居強右衛門は、これを了承して、
川の対岸から、大声で叫ぶ…

「各々方!!徳川の援軍は……!!」
「もう目の前まで迫ってござる!!!」
「信長公の援軍も含めた大軍がすぐに到着!もうひと踏ん張りじゃ!!」

当然、鳥居強右衛門は、磔で処刑される。

しかし、食糧も底をついて意気消沈していた城兵たちは、
これを聞いて、志気が上がり、織田・徳川連合軍の
到着まで、持ちこたえ、有名な長篠の戦いが始まることとなる…。


この後、鳥居強右衛門の主で長篠城を守った奥平家は、
徳川家康の縁者となって、今も続く名家になったそうな。


長篠城看板。
鳥居強右衛門の忠節は後世まで語り継がれることとなり、
JR飯田線の鳥居駅は、強右衛門の最期の地にちなんでの命名。
今では、長篠城の看板にも磔の姿が使用されてます。(^_^;)

飯田線。
ちなみに、長篠城内の一部に飯田線が走ってます。

ま、試験には出ないけどね。(笑)

センター試験直前なので、もうひとネタ、
数日中にご紹介します!
合否には、全く関係ないようなのを!

期待せずに、お待ちを!(^_^;)


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posted by いわたか at 16:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 城めぐり

2010年09月20日

遠州小山城。

遠州小山城。
ショー氏に5時半にたたき起こされて、静岡に行ってきました。
最近、夜中にハヤブサ号で走り回っていたせいか、
睡眠不足で、眠かった…。(^_^;)

まずは遠州小山城。
焼津から大井川を渡ってすぐにある武田方が作った平山城です。
武田の名将・馬場信春が縄張りをした高天神城攻略の拠点。

小山城より。
今は、犬山城天守をモデルにした立派な模擬天守が、
ありますが、実際は天守はなかったとか。
スタイルのいいお城で、2階にはベランダに日本庭園が
あるような設計でおもしろかった。(^_^;)

能満寺のソテツ。
お城のある山の麓に、能満寺があり、
そこに植わってるソテツは、国の天然記念物に指定され、
日本三大ソテツ(?)に数えられているとか。
う〜ん、よく分からん。(^_^;)

吉田町の鰻。
小山城のある吉田町は、鰻の養殖で有名だとか。
城の麓の広場に、ちょっとした朝市のようなものがあって、
農産物とか、鰻の蒲焼を売ってました。

200円でお試し用の小串も売っていて食べたら、
うまかった♪

小川港魚河岸食堂。
今回の城廻りは、ショー氏曰く、この海鮮モノを食べに行く
ついでだった…そうで。(^_^;)

小川港魚河岸食堂で、やいづ定食を食べました!
http://www.yaizu-uonaka.or.jp/shokudo/default.asp

やっぱ、マグロが超うまかった!
あと、桜えびのかき揚げも!
うますぎて、もっと食べたくて、物足りなかったかも。(^_^;)

田中城。
お次は、藤枝市の東海道近くにある田中城へ。

武田方が対徳川の拠点にした城で、こちらも、
武田の名将・山県昌景が入城し改修したこともある城で、
後に、本多氏が4万石で入城し、明治維新まで残ったとか。

ちなみに、徳川家康の死因となったとされる
鯛の天ぷらを食べたのが、この田中城だそうです。(^_^;)

ここも名前を聞いたときは、知らない城かと思ったんですが、
前にテレビで見たことがあった!

かなり珍しい(?)平城で、本丸からクモの巣のように、
同心円状に街ができていて、グーグルの地図で上から見ると、
けっこう面白い街の形をしています。

今は、本丸跡が学校になってたり、ほぼ市街地化されてますが、
下屋敷跡に、庭園や本丸櫓が移築されていて、管理人の
おじいさんも、いい人で、のんびりできるスペースになってました。

田中城下屋敷庭園。
茶室とか、手入れが行き届いていて、よく整備されています。
本丸跡の周辺も散策しましたが、きれいな水が沸いていたりして、
至る所に水路が、張り巡らされていて、なかなかいい感じの
ところでした。

最後に、もうひとつ、行った場所があるんですが、
もったいぶって、次回へつづくってことで。(^_^;)


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posted by いわたか at 14:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 城めぐり

2010年01月04日

静岡・城めぐり。

富士山。
ショー氏がETCを付けたからと、さっそく遠出したいと、
いうことで、新年早々、静岡に城廻りに行ってきました!
天気がよく、途中のサービスエリアから、よく富士山が見えました!

二俣城。
まずは、浜松の北、天竜川沿いの要害・二俣城へ。
立派な山城で石垣や天守台もよく残ってました。
マイナーなんですが、甲斐の武田と徳川の攻防の地で、
家康の本拠地・浜松城にとって重要な防御拠点。
また、織田信長に切腹を命じられた徳川家康の長男・信康が、
ここで自刃したことでも知られてます。

天竜川。
城の裏手は、きれいな天竜川が流れていて絶壁になってます。

清瀧寺・井戸櫓。
城の麓にある清瀧寺には、信康の廟もあったりしますが、
城の井戸櫓が復元されています。
武田軍が攻めてきたとき、篭城した兵はこの井戸櫓から
天竜川の水を汲んでいたのですが、武田軍が大量のいかだを
流して、この櫓を破壊したところ、城兵の士気が落ち落城したとか。
大河ドラマとかでも見かける有名なエピソードです。

横須賀城・模型。
自分も知らなかった城なんですが、徳川が武田側の
高天神城を攻める拠点として作ったのが、横須賀城だとか。
築城当時は、城の前面が海だったそうですが、大地震で、
土地が隆起して、今は海岸が大幅に後退したそうです。

横須賀城。
高天神城が廃城になった後、横須賀城がこの辺りを治めて、
横須賀藩として、明治まで残ったとか。
石垣は復元ですが、遺構はけっこう残っていて、
今はきれいな公園になってました。

高天神城図。
徳川家康と武田信玄・勝頼親子の激闘の地・高天神城。
以前、ウッチーと、この城に来たんですが、大雨と日没で、
そのまま引き返した苦い想い出があり、今回はそのリベンジです!

高天神城より。
難攻不落の山城で、山の尾根沿いにたくさんの廓があります。
山頂からは、海が見えるところもあり、一気に登るには、
ちょっとしんどかったです。(^_^;)

高天神社。
城跡には、高天神社があり、地元の人たちも初詣に来てました。
かなり急な階段が続いてるのですが、子供やお年寄りも、
登ってきていて、地元ではメジャーな神社のようです。

掛川城。
以前にも行ったことがあったのですが、今回の旅では、
唯一の天守閣のあるお城なので見ておきたくて。(^_^;)
ライトアップされていて、遠くから見ると、城が浮かび
上がっている感じなのも良かったです♪

静岡おでん。
最近の城廻りは、ほとんどショー氏に計画を立てている
のですが、今回は高天神城と静岡おでんを食べることだけは、
予定に入れてくれと頼んでおきました。(^_^;)

静岡駅南口をうろつき、賎機はん兵衛というお店に入ったの
ですが、静岡名産のメニューがほとんどでうまかった!!

おでんは、テレビでよく見てて、色は濃いのですが、
味はアッサリしていて、うまい!!
鰹節をふりかけて食べると、さらにうまい!
黒はんぺんも初めて食べましたが、これまたうまい!
うちの方ではない牛スジも、やっぱりうまかった!

桜えびのかき揚げ。
静岡と言うと、やっぱり、桜えびのかき揚げですね!
静岡産の肉巻串揚げもうまかった!

静岡茶漬け。
シメのお茶漬けもうまかった!
しらすかと思ったら、小さいイワシをシート状にして揚げた
ようなのが入ってて、これがいい塩加減。

このお店のメニューは、味付けもやさしい感じで、
どれもうまかったです!!

駿府城巽櫓。
翌日、一泊したビジネスホテルから近くの駿府城へ。
さすが、大御所・徳川家康が晩年を過ごした城だけあって、
かなりの規模の城。

以前に行った浜松城とは、桁違いの大きさでビックリ!

カワセミ。
外堀を歩いていたら、カワセミが飛んできた!
写真では見にくいですが、羽ばたくとブルーの羽がすごく、
きれいで、なんとなく、今年一年いい年になりそうな予感?

駿府城石垣崩れる。
ニュースでも見たけど、去年の地震で、石垣が何箇所か、
崩れてました。
東名もストップしたくらいだから、かなり大きな地震だったんですね!

徳川家康像。
天守跡にある徳川家康像。
人生は、重き荷を負って遠き道を往くが如し…

三河の宿無しと言われた人質時代から天下を取った
人物だけに言葉に重みがありますね…。(^_^;)

駿府城跡は、堀もきれだし、桜の季節にでもまた行きたいです。
新横浜からなら、新幹線で1時間もかからないし、
静岡おでんも、また食べに行きたいし♪

丸子城へ。
駿府城から国道1号沿い、やや西にある丸子城にも行きました。
かなり急峻な山の上にあり、ハイキングコースになっている
のですが、最初はどこから登るのか分からないくらいで。(^_^;)

丸子城本丸。
マニアには絶賛の山城らしいのですが、個人的には、
苦手なタイプの城です。(^_^;)

だって、写真に撮っても、木が生い茂っていて、
ただの山の中って感じにしか写らないから絵にならないし。

確かに、天然の要害で、駿河城の西の重要な守りというのは
分かるんですが、ほとんど戦闘に使われなかったというのも
マイナーな理由かと。(^_^;)

丸子城より。
木々の合間から見えた景色には、海も見ることができました。

ちなみに、麓に誓願寺というお寺があり、豊臣家存続のため
奔走した片桐且元の墓がありました。
有名な方広寺鐘銘事件で申し開きのため、駿府の家康を
訪ねた際に、ここに宿泊したそうです。
一応、お参りをしておきました。(^_^;)

みよしの海鮮丼。
帰りは、東名高速が大渋滞していたようなので、
高速を使わず帰りました。
下の道は、かなり空いていてビックリ。

国道246沿いの裾野市にある以前にも立ち寄った
和風レストランで海鮮丼を注文したら、ちょっと微妙な感じ?
以前のような普通の丼の方がうまかったのに、大きいお皿に
盛り付けられて、なんか食べた気がしないと言うか。(^_^;)

城跡には、神社やお寺が多いので、初詣もしまくりで、
今年は、いつもより、ご利益がある一年になるのでは?
と、期待しています。(^_^;)

そんな訳で、静岡はお隣の県だし、お城も多いし、
食べ物もうまいので、また行きたいところです!


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posted by いわたか at 19:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 城めぐり

2009年12月31日

笠間城と土浦城。

笠間城より。
ただいまっと! by モグタン。

昨日、久々にショー氏から声がかかり、茨城まで城廻りに、
行ってきました。

笠間城天守台。
まずは、笠間城。
かなり立派な山城で、元々は、宇都宮氏の一族、
笠間氏の城で小田原征伐の際に北条方についたため
滅ばされ、蒲生氏が入城して以来、関西風の石垣や城郭になったとか。
これだけ立派な石垣は、関東ではなかなかみられません!

真浄寺・八幡櫓。
山の麓の町中にある真浄寺には、明治に八幡櫓が
移設されて、仏堂として残されていました。
関東の山城で明治維新まで続いた城は珍しいのでは?

大石内蔵助と時鐘楼。
麓の公園には、忠臣蔵で有名な大石内蔵助の銅像があります。
浅野氏はこの笠間から赤穂に移封されたとかで、
大石内蔵助が笠間城の居城だったこともあるとか?

笠間城周辺は、けっこう整備されているんですが、
あれだけ立派な天守の石垣が残ってるのに、中途半端な、
紹介や整備しかしてなくて、ちょっともったいない…。
お金のかけかたを間違ってるんじゃないかと思うような
突っ込みどころが満載の場所でした。(^_^;)

土浦城。
続いて、霞ヶ浦近くの土浦城へ移動。
こちらは、江戸と御三家の水戸を結ぶ水戸街道沿いの
重要な場所としてかなり栄えた水の城だったようです。
今も公園として、現存する太鼓櫓門や復元された櫓があります。
子供たちが本丸跡で野球をしたりと、のんびりできる
いい雰囲気の公園になってました。

土浦まちかど蔵。
それほど多くはありませんが、昔ながらの蔵づくり風の
古い町並みもあり、ちょっと散歩するにはいいところかも。

ほたてのかきあげ丼。
昼食には、たまたま見つけた明治2年創業の古い天ぷら屋、
「ほたて」でかき揚げ丼を食べました。
これは、本当にうまかった!!
あら汁も、老舗の味って感じで深い味わい。
シルシルミシルの堀くんも、土浦に来たら、最後にこの店を
訪れることでしょう。(^_^;)

おやこの焼肉。
地元に戻って、韓国料理の「おやこ」で久々に焼肉!
サンチュに焼肉、辛味噌、ピリ辛ネギ、ご飯を巻いて
食べると、もう最高!!

さらに、お店のおばちゃんオススメのキムチと豚肉を焼いて、
豚キムチにすると、これまた、まいうーー!!

この一年の苦労が、辛さで吹っ飛ぶ感じで締めました。

今日は、大晦日ですね。
ホントに頑張りまくった一年で、ちょっと落ち着ける
年末を迎えられてよかったです。

そんな訳で、みなさん、よいお年を〜!!
posted by いわたか at 12:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 城めぐり

2009年05月13日

新府城。

新府城より。
今週のお城探訪は、山梨県韮崎市の新府城跡からです。
まずは、南アルプス(?)の山々がいい眺めでした。

新府城入口。
ここは、武田信玄亡き後、後を継いだ勝頼が滅亡前に、
築城するも、織田軍が攻め寄せてくる前に火をかけて
逃亡したという悲しい城です。

真田昌幸が普請奉行を務めただけあって、かなりの規模で、
立派なものですが、まだ未完成だったのではないかとも
言われているそうで、そのため、敵を目の前に廃城に
なったのかもしれませんね。

でも、勝頼が滅亡前に躑躅ヶ崎館から新府城へ移住していた
っていうのは知らなかった…。
是非、ここで真田とともに篭城して、武田軍団の最後の
意地をみせてほしかったと思うような城跡でした。

P1100059.JPG
城の裏側は七里岩という絶壁になっていて、甲州街道から、
見るとこんな感じの絶壁が何キロも続いてます。

そういえば、大学時代に甲州街道がどこまで続いているのか、
確かめに車で激走したときに、この絶壁を見て、この上に
城を建てたら強そうって話してたのを思い出しました。
勝頼が建ててたんだ。(^_^;)

P1100121.JPG
次に甲府の躑躅ヶ崎館跡の裏山にある要害山城へ。
実は、武田信玄はここで生まれており、山頂には、
信玄生誕の地という石碑がたってます。

P1100156.JPG
でも、普通の人は躑躅ヶ崎館跡の武田神社で引き返すよな…。
けっこうな山登りだったし、途中で引き返すようショー氏を
説得したけど、何が何でもって言うこと聞かないし…。(^_^;)

ただ、城跡への登山口にあるホテルに温泉があって、
帰りにそこで露天風呂に入りましたが、そこからの、
甲府市街の眺めは絶景でした。

夜景もかなり綺麗そうだし、フロントのお姉さんもきれい
だったので、今度は宿泊に来たいもんです。(^_^;)

P1100172.JPG
そして、甲府に来たら、駅前の小作でほうとうを、
食べなければなりません!
やっぱり、山梨はほうとうだなぁ…!

P1100330.JPG
帰りがけに甲斐善光寺にも寄りました。
川中島の戦いの戦火を逃れるために信玄が一時移したって
いうのは知ってたんですが、こっちもかなり立派でした。

でも、個人的には、やっぱり、善光寺は長野だよなぁ…と
思ったので、写真は巨峰バニラのミックスソフトの方が、
絵的には大きくなりました。(^_^;)

帰りは渋滞してましたが、途中で中央高速を下りて、
甲州街道で帰ってきましたが、こちらはビックリするくらい、
スムーズで予想より早く帰って来れました。
やっぱり、ドライブするなら、甲府くらいが、
ちょうどいいんだよなぁ…。
posted by いわたか at 00:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 城めぐり

2009年05月01日

興国寺城。

興国寺城より富士山。
この前の祭日に、今川家の客将だった北条氏の初代、
北条早雲が与えられた沼津にある興国寺城に行ってきました。
ここから伊豆を取り、小田原に攻め入って関東平野に
進出していったという北条氏にとって原点となる城です。

城の裏側には、富士山がよく見えてました。

興国寺城。
思った以上に立派な城で、土塁や堀もしっかりしてるし、
いろいろな曲輪も広くて、今川・武田・北条の争奪戦に
なった城というのも納得な規模でした。

葛山城。
次に裾野市にある葛山城に行きました。
今は小高い山の麓が寺になっていて、本丸や曲輪なども
分かる程度に整備されています。

この辺りを治めていた葛山氏は、そういえば信長の野望にも
出ていました。
政治54、戦闘39、智謀44…、ちょっと微妙な能力ですが、
最後も武田家に乗っ取られるなど、大国に挟まれて、
かなり苦労した一族だったようです。(^_^;)

桜海老のかき揚げ。
裾野市の国道246沿いの和風レストランで昼食。
静岡の由比産の桜海老のかき揚げ、サクサクしていて、
エビのいい香りもして、うまかった!

海鮮丼。
そして、こちらがメインディッシュの海鮮丼。
静岡だけあって、海の幸がうまかったです!
なんとなく入ったファミレスのようなお店でしたが、
かなり満足な昼食でした。

深沢城跡。
さらに、御殿場市にある深沢城へ。
ここも足柄街道を守る城として、今川・武田・北条の
争奪戦が繰り広げられたお城です。

深沢城・遠景。
石碑がある正面側は、それほど大きな堀とかないようでしたが
裏側の本丸側は、2つの川に囲まれていて、攻めにくそう。

深沢城・本丸跡。
しかし!
二の丸、三の丸が田んぼで、まさかとは思いましたが
本丸も、ほぼ田んぼになってます…。
城の敷地内に農家もあり、今では、自給自足できる鉄壁の
守りな農地になってました。(^_^;)

足柄城跡。
最後に足柄峠にある足柄城跡に。
峠の山頂にあるだけあって、眺めも空気も最高です。

足柄の関。
古代では、足柄峠の方が東海道として整備されていた
のですが、富士山の噴火により、通行できなくなったため、
険しい箱根の峠を整備して、江戸時代以降はそちらが、
メインストリートになったとか。

今では、黒澤明の「乱」で使われたセットが、
関所の跡地に置かれています。

足柄城より富士山の夕焼け。
足柄城跡をうろうろしているうちに、ちょうど日暮れが。
壮大な富士山に夕日が落ちていく様を、じっくり見ることが
できました。

ちょっと感動。

この足柄峠は富士山が目の前に見えるし、祭日にも関わらず
人もまばらだったしで、意外とのんびりできるスポットでした。
人ごみが嫌いな人には、オススメかも?
posted by いわたか at 23:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 城めぐり

2009年04月27日

小田原城。

石垣山一夜城より。
前から行ってみたかった小田原の石垣山一夜城に、
行って来ました!

石垣が残ってる程度かと思いましたが、公園として、
かなり綺麗に整備されているし、山の上なので、
海岸線や小田原の街がよく見えました。

ここは、豊臣秀吉が小田原城攻めのときに、一夜にして、
築いたと言われる城なんですが、実際は80日くらいで、
築城した関東で最初に造られた総石垣の城です。

でも、この規模の石垣の城を約3〜4万人を動員して、
80日で作ったと言うのは、当時の豊臣秀吉の絶大な
権力を物語ってますね。

しかも、秀吉が滞在したのは3ヶ月ほどだったし…。(^_^;)

小田原城(一夜城より)。
小田原城から3キロということで、小田原城も丸見えです。
敵味方の陣形もよく見えて、圧倒的な軍勢で物見遊山だった
というのも納得。

石垣山一夜城・井戸曲輪跡。
けっこうな数の曲輪跡がありましたが、この井戸曲輪跡の
石垣が、一番よく現存しているそうです。
今も湧き水が出ていて、当時は淀君化粧井戸とも呼ばれたとか。

小田原城。
小田原城には、10年以上前に、真夜中に行ったことが
あったのですが、昼間に良く見るとかなり立派なお城でした。
城門とかも新しく復元したりと、どんどん立派になってるようです。

北条早雲像。
小田原駅前に初代の北条早雲像がありました。
思ったよりも、かなり大きい像で迫力がありました。

天丼。
小田原城の惣構えは、小田原の町も含めてかなりの規模で、
大阪城を凌ぐほどだったとか。
その土塁とか空堀を見に小田原中を歩き回って、
かなり疲れて、昼食に天丼を食べました。
過去に食べた天丼の中で、一番、高かったけどうまかったです。(^_^;)

小田原中歩き回って、家に帰ったら、顔がヒリヒリするほど、
日焼けしてました。(^_^;)
新緑がきれいな季節になりましたが、GWに出かける方は、
日焼けにも気をつけないといけませんね!
posted by いわたか at 00:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | 城めぐり

2009年01月01日

金山城。

金山城より。
あけまして、おめでとうございます!
今年の初めは、大晦日に行ってきた城廻りから…。(^_^;)

群馬県太田市にある関東七名城の一つ金山城に行きました。
立派な山城で、眺めもかなりよかったです。
新田義貞のゆかりのある城で、本丸跡には新田神社があり、
城主の由良氏が、上杉謙信から攻撃を受けても、
持ちこたえたという難攻不落の城です。

金山城(池)。
この城は、特に石垣の多さに驚きます。
しかも、日本っぽくなく、どことなく洋風な感じで、
2つある丸い池も石垣が敷き詰められるのもいい感じ。

金山城内(1)
大手虎口に入ると、ギリシャの街の遺跡のように石垣が
張り巡らされて、さらに水路などもあって、日本の城跡では
ないような感じでした。

金山城内(2)
それほど広いスペースではないですが、ちょっとした
街の遺跡のような感じです。

整備もかなり行き届いているし、日本っぽくない城跡で、
かなり面白い城でした。

吉見百穴。
金山城を後にして、埼玉の松山城へ。
こちらも、かなりの規模の平山城なんですが、あまり整備が
されていないので、今は普通の野山な感じです。(^_^;)
ただ、国指定の史跡になったということで、今後、かなり
整備されると、ご近所の方が教えてくれました。

なので、写真は、松山城のすぐ横にある吉見百穴です。
こちらは、古墳時代後期の横穴式の集合墳墓。
昔、日本史の教科書に太字で登場してて、覚えてました。

富士山。
百穴のある崖を登っていくと、眺めがいいのですが、
ちょうど日没前で、富士山がうっすら赤くなっていて、
古墳時代の人も、この景色を見たのかなぁ…と思うと、
ちょっと感慨深いものがある大晦日の夕焼けでした。

そんな訳で、ショー氏も新しいデジカメ買って、
気合が入ってるので、また、城巡りに出かけることが、
多くなりそうですが、今年もよろしくお願いします!!
posted by いわたか at 22:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 城めぐり

2008年12月30日

箕輪城。

箕輪城跡。
昨日、群馬の箕輪城に行ってきました。
このところ、埼玉の城が多かったのですが、
いよいよ群馬県突入…。(^_^;)

場所的には、前橋のちょっと奥で、榛名山の麓。
上野国の要の城で、山内上杉家の家臣・長野業正が、
武田信玄の侵攻を度々、退けたお城です。

確か、信長の野望でも、かなり優秀な武将だったよな…
と思い、DS版で調べてみたら、戦闘91、采配84、智謀79。
そりゃ、信玄も「業正がいる限り、上州には手がだせぬ」と
嘆くわけだ…。(^_^;)

城は、平山城ですが、今は山の中に遺構や石垣が残ってて、
信玄の侵攻を食い止めるだけあって、かなり立派。
整備もされていて、郭跡とかに説明書きがあったり、
本丸跡などもそれなりに整備されてます。

赤城山。
ちなみに、二の丸跡からの赤城山の眺めはなかなか…。

前橋城跡。
その後、関東七名城の一つ、前橋城(厩橋城)跡へ。
今の群馬県庁、前橋市役所の周りに土塁が残ってるだけだけど…。(^_^;)

高崎城乾櫓。
さらに、高崎城跡へ。
こちらも、現在の高崎市役所のあたりで、主に土塁と水堀が、
残っている感じなんですが、市役所から少し駅の方に行った
ところに、乾櫓が残ってます。

ちなみに、高崎城は、徳川家康が関東に移ったとき、
徳川四天王の井伊直政が箕輪城主になり、その後、
箕輪城を廃城にして、交通の要衝である高崎に築城し、
こちらに移ったとのこと。

高崎うどん。
高崎で、遅い昼食を…と、高崎駅前にある「きのえね」という
お蕎麦屋さんで、天付きとじせいろを食べました。
群馬は、うどんの美味しいところなんで、高崎うどんを、
チョイスしましたが、つけ汁に卵がおとしてあって、
まろやかな感じでうまかった!

そんな訳で、ショー氏から連絡があり、中1日で、
明日の大晦日も城廻りへ。
ま、テレビを見るくらいしかやることなかったので、
頑張って、行ってきます!(^_^;)
posted by いわたか at 23:38 | Comment(2) | TrackBack(0) | 城めぐり

2008年11月24日

唐沢山城。

唐沢山城より。
栃木県の佐野と言ったら、ラーメンくらいしか、
知らなかったのですが、関東七名城の一つ、
唐沢山城も有名だそうです。

ちなみに、ここは平将門の乱を鎮圧した藤原秀郷の居城で、
その子孫の佐野氏が治めていたところです。

標高247mで、非常に眺めのよい山城で、新宿付近の
高層ビルもぼんやりと見えました。

昔から、江戸の火事が見えるほどで、廃城になった理由も、
火事のお見舞いの早馬を送ったところ、江戸を見下ろせる
ところに城を構えるとは何事…と、家康の怒りをかったから
とも言われているとか。(^_^;)

唐沢山神社。
本丸跡に唐沢山神社があります。
けっこう立派な神社で、周りに石垣も残ってます。
あの上杉謙信が10度攻めても、落せなかったくらいだから、
かなり堅固な山城だったというのが、今も残る石垣や堀を
見ても、よく分かります。

唐沢山の紅葉。
ちなみに、山一面というわけではないですが、ところどころ、
紅葉が綺麗でした。

唐沢山城を後にして、佐野駅の横にある佐野城にも行きました。
佐野城は、唐沢山城が廃城になった後、築城されたのですが
10年も経たないうちに、佐野氏が改易され廃城になったとか。
今は、ほとんど、普通の公園で、堀がなんとなく残っている
程度でした。

関東七名城っていう呼び方は、初めて聞きましたが、
関東には、まだまだ名城があるんだなぁ…と思いました。
でも、これからの季節、山城は寒さが身にしみるなぁ…
と思う、今日この頃です。(^_^;)
posted by いわたか at 23:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | 城めぐり

2008年11月04日

菅谷館跡。

どこまでも 美しくて〜♪
どこにもない 世界のこと〜♪ by 福山雅治

やっぱ、福山の歌はいいなぁ〜。
そういえば、明日はスピッツのシングル発売!
たのしみ!

菅谷館・畠山重忠像。
今週の「お城拝見!」は、さらに渋くなっております。
ショー氏曰く「もう近場で櫓が再建されてるところがない」
ってことで、普通の人が行っても、渋すぎてよさが、
分からないところばかり?(^_^;)

まずは、菅谷館跡(埼玉県比企郡嵐山町)。
ここの館跡は見事に土堀が残っていて立派な平城跡です。
さらに、嵐山史跡の博物館があり、この辺りの城の説明が
あったりと、城が好きな人には、オススメかな。
ちなみに、写真はこの館の主、鎌倉幕府の有力御家人として
知られる畠山重忠の像です。
畠山重忠は、執権の北条氏に騙まし討ちにあい、
うちの近くの二俣川や鶴ヶ峰で戦死したとか。

嵐山渓谷近く。
次に小倉城に行ったのですが、ここはどこにあるのか、
分からないほどマイナーな山城跡。
嵐山渓谷が近くにあり、けっこう景色がきれいでした。

小倉城(武蔵国)。
小倉城は、今はホントにただの山の中にひっそりと、
その跡を残しているところで、恐らく、訪れる人も、
一日に数人いるかどうかだと思います。
ただ、関東でも珍しい石垣を持つ城として有名(?)
らしいです。(^_^;)

杉山城跡。
さらに杉山城跡にも行ってきました。
ここも山城なんですが、土の堀とかが綺麗に残ってるし、
隣の中学校が整備してくれているようで、説明書きもあり、
じっくりと眺めることができます。

杉山城跡より。
山頂付近からの田園風景が、けっこうキレイでした。

この後、この周辺の本城だったと思われる松山城にも、
行きましたが、日没後だったので、また行こうってことに。

そんな渋い一日でしたが、菅谷館跡の横にあるラーメン屋で、
坦々麺を食べたのですが、けっこうおいしかった。

そろそろネタ切れの感がありますが、また今度、
どこに連れてってくれるか、ショー氏のリサーチに期待。
高速道路の料金が一律1000円になったら、もっと、
遠出もしやすくなるんだけどなぁ…。(^_^;)
posted by いわたか at 01:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 城めぐり

2008年10月28日

関宿城。

関宿城。
やぁ、みなさん、こんばんは。
私の研究室へようこそ。(カノッサの屈辱の仲谷昇風)

今週の「お城拝見!」は、千葉県野田市にある関宿城です。
ここは、利根川と江戸川の間に建っている天然の要害にして、
水運の便が発達した、この地方の拠点だったそうです。

古河公方の家臣・簗田氏の居城で、北条氏や上杉謙信との
バトルを繰り広げた舞台だったそうです。
知らなかった…。(^_^;)

ちなみに今のお城は、江戸城の富士見櫓を真似たもので、
暴れん坊将軍(徳川吉宗)が出てきそうな優雅な城でした。

城の中の博物館は、利根川の東遷事業を主とした治水の
博物館になっていて、かなりマニアック。
戦国時代にこの地を収めていた簗田氏の「や」の字も
出てこないほどで、ちょっとガッカリ…。(^_^;)

逆井城。
関宿城の博物館で、ちょっとガッカリな私でしたが、
気を取り直して、茨城県の逆井城へ。
古河公方の家臣・逆井氏の居城でしたが、北条氏に落されて
からは、北条氏の北関東の拠点になったそうです。
この城は、簡素な感じの城なんですが、これぞ戦国の城って
感じで、かなり感動しました。(T_T)

逆井城・全景。
今どき珍しいほぼ木製で、壁も渋い!
石垣などなく、土のお堀が、これまた素晴らしい。
なんか、大河ドラマのセットに出てくるような戦国の城。
水堀の水面に、物見櫓が映し出されていて、
これまた、いとおかし!

帰りに埼玉の騎西城に寄って、近くの天然温泉に入ってから、
帰ってきました。
日に日に、城マニア度が増していく、ショー氏が、
またどこに連れてってくれるか、待て次週!!
posted by いわたか at 22:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 城めぐり

2008年10月20日

忍の浮き城。

忍の浮き城。
埼玉の行田市にある忍城(おしじょう)に行ってきました。
この城は、豊臣秀吉が小田原の北条氏を攻めたとき、
石田三成が水攻めをするも、小田原城が開城するまで、
持ちこたえた名城。

水攻めをするときに作った長さ28kmにも及ぶ石田堤と
呼ばれる堤防の一部が、上越新幹線の高架下にある
石田堤史跡公園に今も残っています。

忍城。
忍城自体は、綺麗に整備されていて、きれいな博物館があり、
写真は御三階櫓ですが、けっこう立派でした。

丸墓山古墳。
ショー氏が、埼玉古墳群に行くと言ったので、「なぜ?」と
思ったのですが、ここの丸墓山古墳に石田三成が本陣を
張って、忍城を眺めたとか。

丸墓山古墳より。
写真でも、中央に小さく忍城の御三階櫓が写ってます。

稲荷山古墳。
それにしても、この埼玉古墳群には、大きな古墳が9つ
あるそうですが、これだけの敷地にドカドカと古墳があると、
けっこう壮観って感じです。
ちなみに、写真は稲荷山古墳です。
そういえば、昔、教科書に載っていたような…。

行田のフライ。
古墳の近くの食堂で遅い昼食をとったのですが、
ここでは、行田名物のフライを食べました。
フライと言っても、揚げ物ではなく、ウィキペディア曰く
お好み焼きとクレープの中間の食べ物。
自分は、焼きそばが入ったものを食べました。

その前に、ゼリーフライというものも食べましたが、
これはフライとは別物で、小さいコロッケみたいでした。
ゼリーが入っているのかと思ったら、全く関係ないとのこと。
一説には、「銭」が訛って、「ゼリー」と言われるように
なったとも。

それにしても、埼玉古墳群は、けっこう広くて、
博物館もあり、のんびりできるところでした。
古墳を登ったり下りたり歩き回って、いい運動になりました。(^_^;)
posted by いわたか at 19:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 城めぐり

2008年10月15日

川越城。

川越城。
この前の日曜に、川越に行ってきました。
城にハマっているショー氏に誘われ行ったのですが、
城以外にも見所たくさんで、ちょっと驚きました。

川越城自体は、本丸御殿が現存するのですが、
天守閣のあるような城でなく、館ですね。
これはこれで味があるし、平城なのだけど、
昔はかなり広大な堀もあったりと、城の周囲も、
櫓の跡とか神社とか博物館とか見所が多かったです。

城から歩いて、喜多院に行ったのですが、ここは、
かなりデカイ寺院で、これまた驚きました。

それもそのはず、徳川家康の時代に、天海僧正が再興した
寺で川越大火で消失した後、三代将軍・家光誕生の間や、
春日局間が江戸城から移築されていて、今も有料だけど、
中に入ることができます。

さらに、家康が亡くなった後、日光の東照宮に移すとき、
ここに寄り、天海が菩提を弔ったため、仙波東照宮という、
ちょっと小さめの東照宮もあります。
ありがたや…。

蔵造りの街並み。
喜多院から歩いて、蔵造りの街並みにも行ってきました。
かなり昔、草津に行く途中に道に迷って、ここに迷い込んだ
ことがあったのですが、じっくり見るのは、これが初めて。
かなり味があるストリートがけっこう続いていて、
年配の方からカップルまで観光客でごった返していました。
途中、親子丼がうまそうなお店があったのですが、
行列ができていて、断念…。(^_^;)

時の鐘。
そして、蔵造りの街並みにある時の鐘も、有名らしいです。
これまた味のあるスポットでした。
この他にも、博物館もいくつか寄ったり、気付けば、
夕方になっていて、見所たくさんな川越でした。
江戸城が栄えるまで、武蔵国の中心だった場所らしく、
歴史がたっぷり味わえる街でした。

帰りに、お隣の日高市にある天然温泉まきばの湯で、
ひとっ風呂浴びてきました。
ここも思ったよりも、きれいで温泉もなかなかよかった。
こういう施設って、けっこう、床がぬれてて気持ち悪い
って思うところが多いのですが、ここは、常に係りの人が、
床とか施設を清掃しまくってて、すごく清潔感がありました。
きっと、女性にも人気なんでしょう。

帰りに、行きつけの焼肉屋にも寄り、満足な一日でした♪
posted by いわたか at 00:40 | Comment(2) | TrackBack(0) | 城めぐり

2008年10月06日

房総半島、再び。

大多喜城と井戸。
ショー氏が、先々週、見逃した大多喜城の博物館で
展示している日本刀を、どうしても見たいってことで、
再び、房総半島に行ってきました。(^_^;)

大多喜城のすぐ下にある高校に、本多忠勝が掘ったと
言われる大きな井戸とかも見てきました。

館山城より。
その後、一気に房総半島の南にある館山城に
向かいましたが、この城からの眺めが、
素晴らしかったです!
久留里城の山城ぶりもすごかったですが、館山城も
いい感じで山の上に建っていて、函館山から見る函館の
景色に似てる感じもしました。
この館山から、水軍を率いて、北条氏を攻めたことも
あったというから、里見氏も侮れません。

白浜の夕焼け。
館山城を後にして、せっかくだからと、房総半島の
最南端にある白浜の野島埼灯台に行ってきました。
ちょうど夕方でグラデーションがきれいでした。
アクアラインが出来た当時、来たことがあったのですが、
その時は夜だったので…。(^_^;)

白浜のベンチ。
灯台の前の海岸沿いの岩の上にベンチがあって、
海を眺めたり、撮影したりできるんですが、ちょうど、
カップルが座ってて、絵になるなぁ…と一枚撮らせて
もらいました。(^_^;)

この後、近くの定食屋さんで、魚とかエビを食べて、
帰ってきましたが、これほど連続で房総に来るとは
思いませんでした。
最近、城の本まで買って調べているショー氏が、
関東の城を制覇すると燃えているので、次は、
どこに連れてってもらえるのか楽しみです。(^_^;)
posted by いわたか at 02:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 城めぐり

2008年09月24日

房総・久留里城。

久留里城。
いつの間にやら、城マニアになりつつあるショー氏から、
お誘いを受け、房総の覇者・里見家の本拠地と言われる
久留里城に行ってきました。

今まで、房総半島には何度か行きましたが、
里見家の城に行こうと思ったことがなかったので、
かなりマニアックなチョイスだなぁ…と思いましたが、
けっこう見事な山城でビックリしました。(^_^;)

久留里城より
岐阜城とまではいかないまでも、関東にもこれほどの山城が
あるとは思いませんでした。
ゲームでは、どう考えたって弱小だった里見氏が、
史実では、北条家相手に踏ん張ってた理由が
ちょっと分かりました。(^_^;)

大多喜城。
久留里城に行った後、まだ日が沈むまで時間があったので、
大多喜城に行ってきました。
こちらは、徳川家康が関東に入った後、徳川四天王の
本多忠勝の領地になり、築いた城とか。
思っていたより、立派な城でした。
さすが、四天王。

今回は、午後1時ごろ、家を出たのだけど、アクアラインを
使ったら、かなり早く着いてビックリしました。
ただ、往復でかなりのお値段になりましたが…。(^_^;)
横浜から2〜3時間で、山あり川あり海ありの房総半島に
行けるなら、たまにはいいかな?
posted by いわたか at 03:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 城めぐり
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